Jack Mama (フィリップス・デザイン)
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フィリップス・デザイン
フィリップスのプロダクトをデザインするフィリップス・デザイン社は、世界最大級のデザイン事務所である。
2008年に設立された「デザイン・プローブス」はそのセクションのひとつで、10〜20年先のライフスタイルを予測しながら、新時代のデバイスを考案している。
政治や経済、環境、国際関係など、人々が将来直面するであろうさまざまな問題や、現時点では実用化されていない未来の技術の可能性などをプロダクト・デザインを通して可視化し、新しい論点を提議することがミッションだ。
デザイン・プローブスの発起人であり、クリエーティブ・ディレクターでもあるジャック・ママ氏から、「デザインで可視化していく未来」について話を聞いた。
将来人類が遭遇するであろう問題を、プロダクトデザインを通して可視化する
世界各国にあるスタジオで、500人以上の専門家が勤務するフィリップスデザイン。その本社があるのは、フィリップス社発祥の地であるアイントホーフェンという街だ。近年では、名門アイントホーフェン・デザインアカデミーの本拠地としても知られるようになった、革新とデザインの街である。
ジャック・ママというユニークな名前は本名で、「人の笑顔を誘う名前なので、気に入っている」とご本人。
ママは、ロンドンのカレッジ・オブ・アーツで工業デザインを専攻したあと、フィリップス・デザインに入社した。
「フィリップスでは、将来を3つに区分して、それぞれのビジョンを考えています。1つは現在から2,3年後。次世代のプロダクト開発に直接結びつくビジョンです。次は2,3年後から10年後。実際にプロダクト開発をするわけではないが、新世代プロダクトの方向性を決めるビジョン。そしてデザインプローブスが担当するのは、10~20年後の未来です。私たちは、商品開発ではなく、徹底したリサーチに基づいて様々な要因で変化したり制限をうける将来のライフスタイルを予測し、新しいディバイスのコンセプトを打ち出しプロトタイプをつくります。考えるべき新しい論点を可視化して、ディスカッションを引き起こしていくことが目的です」
プロジェクトによっては、遠い未来の夢物語という印象を与えるものもあるが、彼らのアイディアは全て実現可能な技術をベースにしている。つまり、まだ実用化には至っていない技術や素材はあるものの、その気になれば制作できるものばかりだ。
この春発表された「Metamorphosis」もそのひとつである。
生活環境の中に自然の営みを取り入れようというコンセプトで、光、空気、音、身体の4つのテーマにそって考案された新ディバイスだ。
公害や電磁場の影響、騒音などを遮断する一方で、自然の光や音、そよ風などは積極的に取り入れたり再現している。
かつて人間は、太陽の動きで時間の経過を知り、光や風の変化で季節の移り変わりを感じ取りながら、自然のサイクルの中で生きていた。
このプロジェクトは、現代の居住空間や職場環境がどれだけ自然から隔絶されたものであるかを再認識させ、ライフスタイルの自然回帰を提案している。

Metamorphosisプロジェクト (C) Philips Design

ヒーリング・ベッド:天蓋が自然光を取り込むベッド。心地よい太陽光や月光を寝室に取り込み、自然のサイクルで質のよい眠りを実現するというコンセプト。 (C) Philips Design

「ブローボット」:太陽エネルギーを利用し、空気で膨らませたテキスタイルが人の動きを察知して揺れ動き、そよ風を起こす。空気の流れの可視化がコンセプト。(C) Philips Design

サン・ビーム:光学ファイバーを通して集めた自然光を、 ディフューザーや反射板で部屋に取り込む。ソーラー機器を効率よく充電することもできる。 (C) Philips Design
デザインとは、抽象的すぎて伝達力のないテクノロジーと人間とを繋げるもの
前回のプロジェクト「フード」(下の写真)では、作業効率重視だったキッチン家電の文化を見直した。焦点を食に対する意識へとシフトし、「コンシャス・キッチン」をテーマに、4つの領域でディバイスを考案。
その4領域とは、食の安全性と栄養価の管理、食材のデザイン、新しい食体験を生むテーブルウェア、食糧危機に備えるホームファーミングシステム。中でも、魚の養殖と水栽培を組み合わせた合理的なエコシステムの中で食材を飼育栽培するホームファーミングシステム「バイオスフェア」は好評だった。一方、新しい食材をデザインする3Dフード・プリンターは、その意義を見いだせない人が多く、賛否が極端に割れた。しかしママは、「こうして生まれる論議こそ、未知の領域を探求するために必要な洞察力を与えるもの」と言う。

食材の栄養価や安全性を管理するディバイス。摂取する養分や量が可視化される。 (C) Philips Design

3Dフード・プリンター。
(C) Philips Design

新しい食体験を体現するテーブルウェア。料理を盛りつけると発光する皿。 (C) Philips Design

自律したエコシステムで食料を飼育栽培する「バイオスフェア」。最下段は魚を飼育する水槽。
(C) Philips Design
デザインの戦略については、「適切なテイストのデザインでコミュニケートすることが重要」と言う。「プロジェクトによっては、強い反応を喚起するために過激なデザインを使います。一方、フードプロジェクトのようなタイプでは、親近感を前面に出す方がメッセージは伝わりやすい。だから控えめで、既存のディバイスに近いデザインにしました。デザインの役割は、抽象的すぎて自らは伝達力を持たないテクノロジーと、それを受け止める人々を結びつけることです」。
ところで、普段テクノロジーに馴染みのない人ほど、テクノロジーを万能視する傾向があるらしい。「テクノロジーの真の役割は、人間本来の感覚や感触を守って養うこと。テクノロジー依存を満たすためのプロダクトではいけない」。
自然のありようを見つめ、それを常に自分の体や生活と結びつけて考えるという営みは、一度ライフスタイルから消してしまったら、2度と取り戻すことはできない。
「だからこそ、最先端のテクノロジーに携わる我々は、自分たちがこの大切な営みを守り伝承していくことをサポートする存在であることを忘れてはいけません。テクノロジーは、間違った方法論をとると悲劇を生みます」と言うママは、常に人間の良心を信じてこの仕事に取り組んでいる。
ポートレート写真 © studio frog (Kiyomi Yui)