孤独な葬儀
2011年6月26日
アムステルダムには、「孤独な葬儀」という詩人集団がある。
孤独死した人のために詩を作り、その質素で寂しい葬儀で詩人自ら朗読するという活動で、芸術家であり詩人であるF. Starik氏(写真)が2002年に立ち上げた。
今ではユトレヒト、デン・ハーグ、ロッテルダム、そしてベルギーのアントワープにも広がり、各都市のコーディネターにより運営されている。
アムステルダムでの孤独死数は、年間約15〜20件。身よりのない老人、変死、殺害死など、死因や状況はさまざまだ。
孤独死した故人の埋葬は、市の役目である。
アムステルダムでは、市職員と共に「孤独な葬儀」の詩人たちが交代で参列。簡素ながらも一通りの葬儀が執り行われ、花輪も手向けられるとのこと。ここまで丁寧に見送りを行う市は少ないらしい。
「この世には運の悪い人たちがいる。まともに生きていけなかった人もいる。だがその人生は無価値だったかと言えばそうとは言えない。だから、せめて、死に際しては尊厳を取り戻して人として葬送したい。そんな思いからこの活動を始めた」とスターリック氏は語る。
葬儀費用だけではなく、詩人への報酬も市が負担している。
コーヘン前市長に続いて、ファン・デル・ラーン現市長もこの活動の支援者であり、就任の際に「孤独死した人の葬儀で詩を朗読する詩人たちの活動は、街の新しい伝統として守りたい」と語っている。
そんなアムステルダムの方針について、「アムステルダマー(アムスっ子)として、こういう人間的な行政の姿勢を誇りに思うね。僕たち詩人も、一期一会の気持ちで毎回詩を作っている」とスターリック氏は言う。
コカインを密輸していた、ナイジェリアの青年
インタビューの約束をしており、スターリック氏は5分ほど遅れてやってきた。
黒いスーツを着ている。
聞けばその直前まで葬儀に参列していたらしい。
「今日見送ったのは、ナイジェリア人の32才の青年。コンドームに詰めたコカインの塊をいくつも飲み込んで密輸を試みたが、途中でそれが胃の中で破裂して死んでしまった。”あの業界”で長生きするのは、至難の業だ」。
(こうしてコカインを体内に潜ませて密輸する人を、オランダ語では「ボレチェススリッカー」(球を飲み込む人という意味)という。コカインをコンドームに詰めて、ピンポン球サイズを少し楕円形にした塊をいくつも飲み込み、目的地で排泄する。100こ以上飲み込む人もいるという。体内でこれが破裂して死亡する事故は頻発している)
彼らの詩は、定期的に詩集としてまとめられて出版されている。この秋にも新刊が登場する予定だ。
「タイトルは?」と聞くと、「君は、” 地下最上段”という葬儀業界の用語を知っているかい?」と彼。それがタイトルなのだという。
「日本の埋葬の仕方は知らないけど、こっちでは深い墓穴を掘って棺は何層にも重ねて埋葬する。僕らが詩を捧げる故人はツキに縁のない人たちばかりだが、最上段に埋葬されるっていうのはある意味ラッキーなことなのさ」
理由はこうだ。
「もしも、だ。ナイジェリアの青年の家族が、彼の死を知りアムステルダムに来て亡骸を引き取りたい、と言ったとする。そんな時に、最上段なら他の人の遺体を掘り起こさずに遺族に引き渡せる。このナイジェリアの青年も運良く、地下最上段に埋葬されたよ」。
この青年の名前はE・O。
1979年1月7日、ナイジェリアで生まれた。
スペインの滞在許可証を持っていた。
コカインを詰めたコンドームが体内で破裂し、アムステルダム大学病院で死亡。
市当局はナイジェリア大使館に連絡をとり、故人の家族と連絡を取るように依頼した。
しかし1ヶ月たった後も家族は見つからず、仕方なくこの街で埋葬された。運良く最上段に。
葬儀で流すために、スターリックは「ナイジェリアの葬送曲」を探したが何も見つからず、結局、「エキゾチックなものを探して、ナイジェリアの彼が一度も聞いたことのない音楽をかけるくらいなら、オランダ式に軽めのクラシックで見送るのが良い」ということになった。
この葬儀に詩を捧げたのは、スターリック氏ではなく、
クライン・ペーター・ヘセリンクという詩人。
こんな詩だ。
「棺とトゲ」
どこから来たというわけでも、どこへ行くというわけでもない
君に、この世に残した家族がいたとしても
彼らは君の死について何も知らない
そして僕たちはそんな家族の存在すら、知る由がない
予定よりもずっと早く君の体内で漏れ出した
しっかりと密閉したはずの「パワーの素」は、
尖ったテクノパーティーへの道を探してはずなのに
たどり着いたのは君の心臓、そしてそれを破壊した
息をつく暇もなく走り続ける君の心逸りにようやく終止符が打たれた。
そして永遠の旅人である君はもう怯えながら、飛行場から飛行場へと、
胃に詰め込んで運んだ高価な陶酔にしがみついて生きる必要はない
僕の言葉はむなしく棺に跳ね返り
多くの謎は隠秘されたままだ
だがもし僕が、この言葉を強引に君に届けようとするなら、
この木棺の破片を鋭くはがしトゲにして、
それをぶすっと目に刺し
君の現実を、例え僅かでも体感するべきなのだろう。
ただ傍観しているのは、もうたくさんだ
( クライン・ペーター・ヘセリンク作)
「この活動を始めてから9年。孤独死の葬儀を手配する市の担当者とは今ではいい友だちさ。この街にある全ての墓地の穴掘り係や、運搬係(棺を運搬する人)たちとも顔見知りだ。みんな、僕たちと同じ思いで故人を見送っているよ」と言う。そして「僕も含めて、このプロジェクトに関わっている詩人達は、みな口を揃えて、{終わりのないプロジェクト。生涯かけて続けていきたい}と言っている」と、スターリックは胸を張った。
久しぶりに義父のお墓参りに行くと、
隣のお墓が開いていた。
この深さ、「地下最上段」くらいだろうか。。
家族墓のようだが、こうして準備されているということはきっと明日葬儀なんだろう。天気予報によると、明日は晴れ。
ご冥福をお祈りします。。。。

追記
2018年3月16日、スターリックさんは亡くなった。59歳。この街の新聞Het Paroolにも、その死を伝える記事が掲載された。

