北朝鮮レストラン「ピョンヤン」

北朝鮮レストラン「ピョンヤン」


この冬、アムステルダムにヨーロッパ唯一の北朝鮮レストランがオープンした。


店名は「ピョンヤン」。
レストランだけではなく、北朝鮮の映画を上映したり、北朝鮮への旅行の手配もするなど「北朝鮮文化センター」の役割も担うということらしい。

料理は、焼き肉などの韓国料理、そして江戸前寿司などの日本料理を取り入れたコースメニュー。
北朝鮮ならではの伝統料理が食べられると聞いていたのに、期待は大きく外れた。
それでも、北朝鮮の女性達が繰り広げる異国情緒たっぷり(かつベタ)なディナーショーは、それなりに漫喫できた。
料金は、一人80ユーロで飲み物は別途。
そこそこの高級レストラン並みの値段だ。

このレストランで働く北朝鮮人は9人。
マネージャーの説明によれば、ビザの手配の関係から、中国経由で彼らを呼び寄せたとのこと。
シェフは、東京で働いていた経験もあると言う。
女性達はオペラ歌手並に歌がうまく、かなりの英才教育を受けたことがうかがえた。
僅かな崩れもない完璧に作り込まれた満面の笑みで給仕と舞台の両方を優雅にこなす彼女たちに、私は思わず見とれてしまった。


ピョンヤン出身という女性スタッフと、料理のサーブの合間に少しだけおしゃべり。
「ホームシックは?」
「勿論あります。でもアムステルダムはとても楽しいです。人もオープンで親切ですし」
「外国で働くのは初めてですか?」
「ここに来る前は中国で働いていました」
「どのくらいここで働く予定ですか?」
「一応3年ということになっていますが、気に入れば長くいようと思います」
・・・どのくらいここで働くかは、自分の気持ち次第?
北朝鮮の人々が自由に外国で暮らせるとは想像できない私にとって、にわかに信じがたい答えだ。
9人の従業員たちは、「まだアパートが用意されていないので、最寄りのホテルで生活している」とのことだった。

「ピョンヤン」という店名は、北朝鮮政府がアジア諸国で展開していると噂されるレストランチェーンと同じ名前だが、マネージャー曰く(2012年2月始めの時点では)、「関連はない」そう。
一方、報道では、北朝鮮政府によるチェーン展開がアムステルダムにも拡張されたということだった。
マネージャーのレムコ・ファン・ダールはこう語る。
「北朝鮮政府とある種の関係を持っていなければ、このような店をやることはできない。我々も、政府とはそれなりの関係を保っている。だが街で噂されているように、北朝鮮政府が製造している偽ドル札の流通の拠点になっているとか、スパイ活動の拠点になっているとか、そんなことは一切ない。そもそも、このような活動を始めたきっかけは、ビジネスパートナー(オランダのホテルチェーンを経営)と一緒に、北朝鮮に旅行に行って魅了されたこと。これまでの想像とは違って、当たり前だが、この国にも普通の人たちが普通に生活していることを目の当たりにしたとき、この国をプロモートしたいと思い、ふたりで財団を設立した」
このレストランは、財団の活動の一環ということらしい。

このレストランをオープンする話が持ち上がってから、実はすでにかなりの年月が経過している。

店舗探しは難航し、結局郊外の閉鎖された集会所を再利用することになった。
内装も手作り感いっぱいで、プロパガンダアートが壁中に貼られているだけ。
ステレオタイプな感想だけれど、そのそっけなさも北朝鮮らしく「異国情緒」を醸し出していた。

店内は、新しいもの好きのオランダ人で賑わっていた。
私の他にも、いかにも取材風の「おひとり様」が数名。
オランダ国内外のラジオ、新聞、そしてテレビでも取り上げられ、脚光を浴びている。
みんな、興味津々なのだ。

マネージャーとドアマンは、気のいいアムスっ子だった。
そして、働く北朝鮮の人たちも、一生懸命で楽しそうに見えた。


人の話を疑い始めたらきりがない。
詮索したところで、私ごときに何がわかるわけでもないのだから。

(撮影2012年2月3日)