「手紙を読む青衣の女」の修復

「手紙を読む青衣の女」の修復

昨年の6月から今年3月14日まで日本に貸し出されていたフェルメールの名作「手紙を読む青衣の女」が、アムステルダム国立美術館の展示会場に戻ってきた。

この絵は、2010年に1年がかりの大修復を終えるとすぐに日本に貸し出された。
今回、ようやく修復後の姿を本国でお披露目。同美術館館長は、「この美術館では、たった34点しかないフェルメールの絵のうち4点を所蔵しています。”手紙を読む青衣の女”の修復は、私たちの夢でした。色々な事情から、修復後初の展示は日本で行いましたが、今ようやく我が家に戻り、オランダのアートファンにも美しく蘇った姿をご披露できます」と挨拶した。

その後、主任として修復に当たったイヘ・フェルスライプさん(写真上)が、修復のプロセスや発見について説明した。
「フェルメールと言えば青。でも一言で青と言っても、微妙に色合いや濃淡が異なるたくさんの青があり、それぞれが豊かな表情を呈しています。フェルメールはさぞ多くの”青”を使い分けていたのだろうと思う人も多いと思いますが、実は彼の青は一種類だけした。では、どうやってこれほど豊かで繊細な青の表現ができたのでしょう?その秘密は、下地に使われている緑にあります。今回の修復では、その緑の使い方や色合いが、青の表情を大きく左右していることがわかりました」と、目を輝かせながら発見の一例を説明する

写真上段左が修復前、右が修復後。


下段左の赤外線写真からは、絵がどのように描き直されていったかがわかる。
絵下部に映し出された黒い帯状の影は、以前の修復の際にアイロンのようなもので熱を加えたために損傷してしまった跡。
今回は、この傷跡のほか、椅子の脚など過去の修復で描き換えられてしまっていたディテールも修復している。

「どんなに多くの文献を調査しても、どれだけ多くの専門家たちと論議を続けても、”わからないこと”を皆無にすることはできません。私たちは、自分たちの{解釈}を信じて修復をするしかないのです」とイヘさん。「今、フェルメールがこの絵を見たら一体なんと言うかしら・・・私は、それを考え続けました」
描かれてから約350年。どんなに修復技術が進んでも、筆を置いた瞬間のフェルメールの意図や絵の状態は、今の私たちには知りようがないのだ。

修復は、最新の技術を持って過去の作業を振り返ると、誤りも多く、絵に損傷を与える結果を招くこともある。それでも、それぞれの時代の修復家たちが、将来覆される可能性を念頭にひめつつも目の前の「正解」を頼りに最善を尽くすのだとイヘさんは言う。
「フェルメールはどう思うか?」
その彼女の問いかけは、この絵に携わった歴代の修復家たちの共通の問いかけであったに違いない。
一枚の名画を守るというのは、修復家たちの、時代を超えた共同作業であることをイヘさんは教えてくれる。

ところで、今回の修復の中で彼女が「最大の発見」と呼んだのは、青衣の背中の輪郭が、まるでうっすらと青く発光しているように見えるところだった (下写真)
「変色していたニスを除去したことで、この光が浮き上がってきました」

「光の魔術師」の異名を持つフェルメールだが、その意匠が3世紀半の時を経て再び蘇ったのである。