安楽死と認知症

安楽死と認知症

少し前に、友人のお父様が病気のため亡くなった。

かねてから安楽死を希望していて、万全の準備をしていた人だった。
けれども、実際に死が間近に迫った時にはすでに意識がなく、安楽死が施行されることはなかった。

世界に先駆けて、2001年4月に制定されたオランダの安楽死法。
耐えがたい苦痛を抱え病状に改善の見込みがないこと、かかりつけのホームドクターの他に、安楽死以外に方法がないことを客観的に認めるもう一人の医者がいること、そして医師が安楽死を施すその時に、患者本人が死を望んでいることを再確認する意思疎通ができること、などなど、実施にはさまざまな条件がある。

認知症と安楽死

先日放映されたZEMBLAというドキュメンタリー番組が、認知症と安楽死の問題を取り上げていた。
現在オランダには、推定約25万人の認知症患者がおり、その数は、2040年には50万人に上ると予測されている。
多くの高齢者が認知症になることを恐れていて、「自分の子供のことがわからなくなったときには安楽死したい」と願い、安楽死声明書を残している。
だが現状では、どれだけ事前の準備をしていても、認知症中・後期の患者に安楽死が施されることはほとんどないらしい。

早すぎる死を選ぶしかないというジレンマ

番組は、認知症と安楽死を巡る辛い現実を浮き彫りにする。

「患者を”殺す”その時、それが本当に患者の意志であることを、我々医師は今一度確認できなければならない。つまり、死にたいという気持ちにかわりがないことを再度表明できないほど認知症が進んだ患者は、安楽死はできない」
医師のベルト・カイザーは言う。
「自分の意志で判断ができなくなるタイミングを、仮に12:00とする。認知症の場合、安楽死ができるのは初期段階である11:55頃まで。それを逃したらもう手遅れだ。医者は、そのタイミングについてもしっかりと患者に説明し、忠告し続けなければならない」


認知症を患っているから安楽死したいというならば、末期まで待たずに早めに死ね。
言葉は悪いが、そういうことだ。
2010年、オランダでは25人の認知症患者が安楽死した。
その全員が、かつて残しておいた安楽死声明の意志に変わりがないことを再度医師に伝えることができた初期の患者だった。

認知症後期の妻を持つ男性は、番組の中で「妻は、認知症になったら安楽死したいという声明書を残し準備もしていた。認知症が進行してしまったら安楽死は出来なくなるとは考えてもいなかった」と言う。
そして「(カイザー医師の言う)11:55の段階では、大変なことも多かったけれど、まだまだ楽しいこともたくさんあった。一緒にコンサートに行ったり、話をすることもできた。例え早くしなければ手遅れになると知っていたとしても、その時点で安楽死を実行することは私たちにはできなかった」と続けた。
この男性のように、残された5分にこめられたクオリティータイムを、みすみす放棄したくはないと考える人は、当然ことながら多い。
「オランダ自由意志の死協会」の会長、ペトラ・デ・ヨングの言葉を借りれば、認知症患者の安楽死は「早すぎる死」となるのが現状なのだ。

安楽死法

安楽死法が導入された時に健康保健大臣だったエルス・ボルストは、この現状を否定的に見ていた。
自身も医者であった彼女はこう説明する:「安楽死法は、認知症の人にも適応できる。そして、”認知症が進行してしまったら安楽死を望む”と、事前に書面で声明していた人に対しては、死にたいという意志を再度表明できなくなっても、医師が安楽死を実施できるような条項が加えられている。安楽死は、医師にとっても義務ではないため、意思疎通ができない人には施したくないと考えるのは理解できる。だが、法を、ある職業グループが独自に解釈するということはあってはならない。強い意志を持って法と向き合う医師が増えることで、理解が深まることを願っている」
法の条項を鑑みれば、認知症後期の患者も安楽死はできる、ということらしい。

「12時過ぎ」の安楽死

2011年の春、初めて「12時すぎ」の認知症患者に安楽死が施され、大きな論議を巻き起こした。
この患者は、しっかりとした意識の中で書類を整え、ホームドクターや関わった医療関係者、家族に、幾度となくその意志が尊重されるように確認をするなど、万全の準備をしていた。
この医師であるコンスタンス・デ・フリスはインタビューの中で、「あれだけしっかりと準備をしていた人に対して安楽死を施さないのは、人道的でない」と振り返る。
そして、「安楽死声明書にサインをすることは第一歩にすぎない。認知症が進行してしまった時には必ず安楽死をしたいと、繰り返しホームドクターと話し合っておくことが大切だ」と強調する。

最後の1分まで生き抜いた後で

安楽死は、認知症患者にとっては自分の尊厳を守る最後の頼みの綱だ。
だがその前には、「残された時間」か「尊厳」かの、究極の二択が待っている。
そして、認知症に消されていく意識の最後の一滴までを謳歌したあと、12:01頃に安楽死するという理想のタイミングは、ほぼ実現不可能というのが現状だ。


そんな番組のメッセージは、大きな反響を呼んだ。