ミラーズ・アンド・ウィンドーズ

ミラーズ・アンド・ウィンドーズ

「ミラーズ・アンド・ウィンドーズ」(鏡と窓)とは、1978年にMoMAで開催された写真展の名前だ。原題は:Mirrors and Windows =American Photography since 1960=

写真を、自己の内面を写し出す「鏡」と、外の世界を探求する「窓」とに分類した興味深い展覧会だった(カタログしか見ていないのだが)。
もちろん全ての写真をこのふたつにカテゴライズするのは無理な話で、そんな分類が短絡的という批判もあったらしいのだが、なぜだか「ミラーズ・アンド・ウィンドーズ」というフレーズは私の脳裏に深く刻まれて、ことある毎にその存在をアピールしてきた。

二十代前半でオランダに移り住んでから7年ほど、私はライデンという学生街に住んでいた。
楽しいことも山ほどあったはずなのだが、それをほとんど思い出すこともできないほどオランダ暮らしはピンと来なかった。今、こんなに当たり前の顔をしてここで生きている姿を当時の私が見たら、驚いて腰を抜かすに違いない。

アムステルダムに引っ越して来ると、それまでどうやっても拭い去れなかったオランダへの違和感が、靄が晴れるようにぱあっと消えた。
ちょうどその頃、私は晴れてバツイチとなり、ついでに(と言うのもへんだけれど)オランダ国籍を取得した。フリーランスとして独立して生きていくための利便性を考えてのことで、決して日本がいやになったからでも、オランダ愛が深まったからでもない。それに、オランダのパスポートを手にしたところで、この社会により深くコミットしていく感触こそあれ、自分がオランダ人であるという自覚はかけらもない。オランダ国籍の取得は、私のアイデンティティーに変化をもたらすものではなかったのだ。
だが、「アムステルダム」は話が別だった。
この街に住民票を移し、studio frogという屋号で起業して、商工会議所や税務署を回って必要な登録をした帰り道。当たりを行き交うバンカラなアムステルダマー(アムスっ子)たちを眺めていたら、”今日から私もアムステルダマー”という実感が体の芯から涌いてきて、嬉しくておかしくて笑いが止まらなくなった。
それはおそらく、当時のアナーキーなサブカルシーンや、寛容さと過激さというダブルダッチのごとき躍動感が肌に馴染んだことに加えて、この街が「鏡と窓」となって世界と私を繋ぐ場となることを確信できたからだった。


MoMAの展覧会のコンセプトとどれほど重なるかはさておき、この街のありようは内なる(社会的)精神性を如実に表し、広い世界の人的・文化的エレメンツをぎゅぎゅっと凝縮した多文化社会特有の濃厚な空気感は、刻々と変容する世界を敏感に映し出して見せてもくれる。


いつまでそうあり続けるのかは、誰にもわからないことではあるけれど。