世界一、市民に愛された市長
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今年の始め、アムステルダムのエバーハード・ファン・デル・ラーン市長は、自分が末期の癌であることを告げるオープンレターを発表した。
その手紙で、「それでも、もう少しの間、みなさんの市長であり続けます」とも告げていた。
9月18日、市長は、その手紙の続きとも言える最期のオープンレターを発表。「全てのアムステルダマーへ」(アムステルダマー=アムステルダム市民)と始まるその手紙には、もうなすすべがない病状だと医者から宣告されたことを受けて、「もう少しの間、みなさんの市長であり続けると伝えたが、その”もう少し”に終止符を打ちます」と、辞任を表明した。
世界で一番美しい、愛すべき街の市長でいたことを誇りに思っていると記し、これまでの市民からの支持に感謝を述べた。そしてこの手紙は、「私たちの街を大切に。そして互いを大切にしあってください。永遠にさようなら」と締めくくられていた。
前回のオープンレター発表のあと、大勢の市民が市長への激励の意、敬意や愛情を表現した。それは市当局へのメールであったり、ストリートアートであったり、新聞記事や投稿であったりとさまざまだったが、中でも多くの市民が感銘を受けたが、「アムステルダム市長への約束」というショートムービーだった。
この街に拠点をおく制作会社がつくったもので、有名無名のアムステルダマーが、アムステルダムのために真摯に尽力してきた市長に対して、これから自分が街のためにできることを宣言して約束するという内容だ。
アムステルダム国立美術館の館長は「この街の人々、そしてこの街を訪れる人々に、芸術の重要性を伝え続けて行く」と約束。サッカーチームアヤックスのプレイヤーは「来年は市長のために賞杯をゲットする」。有名なTVプレゼンテーターは、街で一番歴史のあるサッカーチームのフィールドが、宅地開発などによって無くなってしまわないように守っていく。あるトランスジェンダーは、アムステルダムがいつまでも寛容な街であり続けられるよう尽力する、、などなど、みな自分なりに実行していける(少なくともそれに向かって実際に努力していける)ことを、カメラ目線で約束した。
アムステルダム市長への約束
少し前のPENの巻頭ニュースのコーナーでも、この「アムステルダム市長への約束」について紹介した。短い記事なので全てを書き尽くすことはできなかったが、製作者は制作の動機について「市長に、ただありがとうと伝えるのではなく、ましてや別れを告げるのでもない形で感謝の気持ちを表現したかった」と語っていた。
市長への約束という形をとることで、動画を見たみんなも市長に何か約束できるというコンセプトだ。
辞任表明後の9月20日、カイゼル運河沿いにある市長邸宅前には約2千人の市民が集まり、これまでの市長の業績を称えて感謝の気持ちを表すべく邸宅に向かって拍手喝采を送った。そして参加者全員で、この街と人々のことを歌った懐メロ「アムステルダムの運河で」を合唱した。
ここ数年、多くのアムステルダマーの気持ちが、この街から離れ始めているように感じられた。
ジェントリフィケーションが進み、気がつけばヒップスターで溢れる勝ち組の街。
その上、明らかにキャパシティオーバーな大量の観光客に街を占拠された感もあった。
街中に点在するAirbnbの影響もあいまってか、下町の商店街の風景はがらりとかわり、どこもかしこもヒップスター好みの「かっこいいんだけれど、全くアムスらしくはないグローバルなテイスト」に塗り替えられていった。
世界的な風潮だから仕方ないのだろうけれど、もともとの住民たちは決して快くは思っていない。
そんな流れの中での、今回の市長辞任までのいきさつだった。
それは、たくさんのアムステルダマーのこころの中に、「大好きな、古き良きアムステルダム」の姿を蘇らせ、この街のためにささやかでも力を尽くそうという前向きな気持ちをわき上がらせるものだった。市長さんの人徳でもあるのだろうが、私にはそれが彼から街への最期の愛情、あるいは優しい魔法のようにも感じられた。
私は色々な事情から、もう随分前にオランダ国籍にしている。
ただフツウに快適に暮らしているだけで、特に強いオランダ愛を抱いているわけではないと認識している。
改めて「私は日本人」と感じる回数は減ったように思うが、自分を「オランダ人」と感じることもない。
だがなぜか、「アムステルダマー」というアイデンティティだけは、まるで第二の皮膚のように体に馴染んでいる。アムス愛はかなり深いし、真剣にこの街の行方を憂えているという自負もある。
だから、私もささやかだけれど、市長さんに約束。
2006年から続けさせて貰っているPENマガジンの巻頭ニュースのアムステルダムコーナー、小さな記事ではあるけれど、これからもこの街らしさを伝え続けて行くように努力します。
PS
タイトルの「世界一市民に愛された市長」というのは、もちろん私の主観です。