Vincent van Gogh 4 (from update-NL)

 

 

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取材旅行を終えて

先走る想像力にブレーキをかけながら、アルル、サン・レミ、オーヴェール・シュル・オワーズ、そしてオランダのゆかりの地を巡った。
なかでも一番印象に残ったのは、終焉の地オーヴェール・シュル・オワーズだった。

フィンセント・ファン・ゴッホは、この町で人生最期の70日を過ごし、その間に約70点の絵画やドローイングを残した。

有名な麦畑のシリーズは、自殺する数週間前に描かれている。

「荒れ模様の空の麦畑」(1890)について彼は、「悲しみとか、どうしようもない孤独感をここに表現しようと意識して描いている」と、テオへの手紙に綴った。
描かれている麦畑は、ファン・ゴッホの下宿先から歩いて15分ほど。ピストルで傷を負いこの道のりを瀕死の状態で歩いて戻ったあと、2日後に駆けつけたテオに見守られて息を引き取る。
葬儀は至って簡素だった。「オーヴェールの教会」で描いた教会で葬儀を執り行おうとしたが自殺だったからと断られ、結局下宿先1階のレストランが葬儀会場になった。テーブルをつなげ、その上に棺が置かれたという。テオは、フィンセントの部屋に残されていた絵を記念として参列者に進呈したが、面倒な画家が描いた価値もなさそうな作品だと思う人がほとんどだったに違いない。壊れた鶏小屋の屋根代わりにその絵を使っていた人もいたと言う話だ。

フィンセントとテオは、麦畑隣の墓地に並んで永眠している。ふたりの死後しばらくたった1914年に、オランダのユトレヒトからテオの墓がここに移されたのだ。
ファン・ゴッホと共に永眠したいという熱烈なファンの遺言からか、墓碑の周りにはたくさんの遺灰がまかれていた。

フィンセント・ファン・ゴッホのスピリットは、今でもここにある。
その死とともに「絶望」は消え、「人の慰めとなりたい」という彼の願いだけが脈々と息づく。
そう感じずにはいられない光景が、オーヴェール・シュル・オワーズには広がっていた。

 

 

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